お祝い (まえかわ)

お祝いがいくつか続きます.

 

お祝い①

外科専門医試験に,医局の若手の先生がたが何人か合格されました.

井上先生,クロキチ君,鈴木潤君,みずもと君,おめでとうございます.

 

ということで,スタッフルームの資格の欄をひそかに更新しました.

最近この外科専門医試験の筆記試験がだいぶ難しいそうで,みずもと君が必死にみんなのために試験対策をしてくれております.予想問題的なものを集めて,受験近い若手の先生たちに秘書さんをとおしてファックスしたりしております.

 

(ちなみに,クロキチ君にもこのHPのブログの更新方法を教えたので,近日中に彼もブログ更新してくれるかもしれません)

 

 

お祝い②

先週末,私は一人長野へ.

 

私が小児心臓外科の修行をしていた長野県立こども病院循環器グループの,『開心術2000例』記念お祝いであります.

 

山形新幹線『つばさ』山形駅☞大宮駅

長野新幹線『あさま』大宮駅☞長野駅

特急『しなの』長野駅☞松本駅

 

松本駅から会場の『ブエナビスタ松本』へてくてく徒歩で.

 

 

松本駅のアナウンス

 

『まつもとーーまつもとーーー』

 

を聞きますと,言いようのない懐かしさがこみ上げてきます.


2009年4月から1年半修行を受け,2000例のうち私が治療に参加できたのはおそらくその1割くらいかと思われますが,外科医人生のなかで最も幸福で,最も成長できた時間でした.

当時お世話になった恩師の先生方,看護師さんはじめコメディカルのみなさんとも再会を果たすことができました.

 

この長野『学校』の卒業生は全国におりまして,この日お祝いに集まった卒業生のうち,最北端から参じたのは私だったようです.最南端から来られたのは,沖縄から来られた兄弟子にあたる私の10倍くらい優秀な先生でした.

 

※ちなみにこの『学校』といいますと平和的ですが,着任直後に

『ここは軍隊だからなッ!!!』と言われたのはちょっとしたカルチャーショックでした.

(私も山形に帰って以来,医局の後輩や学生さんにこのセリフを言ってしまいます)

 

手術前検討会もかなりキビしく,並の学会発表などよりはるかにキビしいと着任当初兄弟子の先生が指導してくれました.

 

 

私がひどく落ち込んでいた時ウナギを御馳走してくれた大阪の先生が隣席だったのですが,日本中にいるこの長野『卒業生』の方たちの努力を耳にしますと,私も山形の地で頑張らなくては,と意を新たにするわけです.

恩師の先生にも『お前の進んでいる道は正しい』と激励の言葉を頂きました.

 

この2000例に至る苦労は並大抵ではなかったと思われます.

私も1年半この長野県立こども病院の知的財産を享受できたのですが,たくさんの方たちが苦労の末構築した『知識』というのは尊いものだと,あらためて実感しました.

 

 

私もこどもの医療にあたる者として,

『山形に生まれてよかった』

と親御さんたちに思ってもらえる医療を提供したいと常日頃思っています.


さて,松本を後にし,帰途へ.

 

『寂寥の感』が漂います.

 

帰りの特急『しなの』から安曇野を撮影した風景なのですが,おわかりでしょうか.

雲が低いところにあると思いませんか?

 

長野に修行のため赴任した直後驚いたことは,この『雲の低さ』でした.

 

私は津波が来てしまうような海辺の街に生まれたため(つまり,ほぼ標高ゼロ),なんでこんなに雲が低いところにあるの?とびっくりしました.

この病院に修行に出たときの着任式で,当時の院長先生が『日本一標高の高いこども病院』と称していたことを思い出しました.

 

 

まあ,当たり前といえばそうなのです.日本アルプスがあるところなのですから.

 

 

日本の原風景,安曇野・松本.

 

美しい土地で1年半の修練を受けられたことが幸せだったと,今更ながら懐かしく思い出します.