とんぼ (まえかわ)

退院された患者さんのご家族からお手紙と『しおり』をいただきました。

 

風流な和紙でできており、とんぼがしつらえてあります。私は教養がなく知らなかったのですが、『とんぼ』というのは『勝ち虫』で縁起がいいのだそうです。 このブログを読んでくださっている方のようで、『バンド頑張ってください』と応援メッセージをいただきました。ありがとうございました。

 

これとは別に、家内の患者さんが私たち夫婦あてにお守りの将棋の駒を掘ってくださいました。

私が頂いたのは『王将』の駒で、なんでも出世するというご利益があるのだそうです。出世にはあまり近くない人間には恐縮の至りであります。

 

ご厚意どうもありがとうございました。

 

 

 

4-6月にかけて3か月間、必要に迫られて統計学の本を買いあさって、その世界にどっぷりつかりました。

朝30分早く起きて、統計学の本を読んでから出勤していたのです。

 

遡ること10年前、私が学生の時ある科を臨床実習で回っていたとき、若干ノイローゼ気味だった大学院生の先生が、

 

『・・・・キミタチ・・・・  世界は数字でできているんだ・・・・』

 

と話されたことがあって、当時の若かった私は

 

ヒーーーーーーッ!!!(←秘書未来氏がよく使う心の叫び)』

 

・・・大学院生って大変ダナー・・・

 

 

と思った記憶があります。たぶんいまの私と同様で統計学でつまづいていたのでは、と推察されます。数字が苦手な私が統計学について何かを書くのは(ボロが出そうで)恐れ多いのですが、この先生の言っていたのは物事の一面を表していて、

 

『世の中のほとんどの事象は数字データに変換できる』

 ということなんかなー、と65,000マスのバイキンデータシートと戦い終わった私は今更ながら思うのです。 太陽も1コ、お月様も1コ、一日は24時間に分割され・・・。ということ。

 

 

で、臨床医が統計を学ぶ理由とか、研究者の心得みたいな本を読み漁ったのですが、

 

『統計学的に有意である』ことと『臨床的に意味がある』ことは区別できるようにならないと、ということでした。この2つをごっちゃにしてしまうと、患者さん相手の『医療』をしているという本質を見誤りますし、この辺を勉強していないとクスリ屋さんに騙されます。

 

たとえばですよ。

患者さん6000人を2群に分けて、心臓術後に尿量が増える薬と偽薬(プラセボ)を投与するとします。

で、尿量が増える薬を投与された群では、1時間当たりの尿量が平均100mLから103mLに増えたとします。。対象数が3000なんで、よゆーで統計学的には有意(p<0.05)と結果がでます。

 

だったら、この薬を全例に使うかということなんですが、この尿量が3mL増えることは臨床的にどれだけ意義があるか、ということなんです。この薬が高ければなおさらそうです。 クスリですから、当然副作用も考えなくてはなりません。

 

こういう薬を私は(統計学的には有意かもしれませんが)『効くんだか効かねーんだかわかんねークスリ』と揶揄しています。いや、ビタミン剤みたいに安けりゃ使うんでしょうけど。

 

 

で、違う例に行きます。

83歳の方で、膠原病、慢性肺気腫、透析、糖尿病、肝硬変などなどの重篤な合併症を持っている患者さんの心臓手術することになりました。ある方法でスコアリングをしてみると1か月以内の予測死亡率は40%、と出ました。

 

麻酔をかける価値はあるでしょうか。

 

手術する意味はあるでしょうか。

 

 

と言われますと・・・

 

こういう患者さんを説得して手術するかどうか。

もちろん患者さんご自身と、ご家族のご希望も十分考えなくてはなりません。

医療経済的なことも考えなくてはならないでしょう。

この問題は数字だけではなく、生命倫理的な問題を含んでいます。

 

結局『予測死亡率40%』だの、『統計学的有意水準 p<0.05』だの、『相対的リスク 2.8』だの言われても数字を解釈するのは(感情を持つ患者さん、ご家族、医療者すべて)人間なわけですから、実地臨床上の様々な問題を勘案しなくてはならないわけです。

 

(学術活動明けで、説教臭い話題ばかりでゴメンナサイ・・・)