つぼみ (まえかわ)

もう2月中旬です。来る再来月にはまた新年度が始まるわけです。毎日寒い日が続きますが、国家試験を受けられた皆さんの『花開く』ように、病院の花屋さんで撮影したイメージを載せました。

 

 

私のような地方国立大学の外科医の責務に『診療』『研究』『教育』という責務があります。

 

前二者というのは、自分が努力することによってたとえば『診療』は手術がうまくなる、検査がうまくなるとか、『研究』は自分の論文やスライドが仕上がるなどとフィードバックができます。

 

要するに、自分が頑張った見返りをこれら『診療』『研究』は得られるのですが『教育』はそうはいきません。

 

 

学生さんたちに手取り足取り物事を教えても、給料は全く増えません。

誰かに評価されるわけでもないですし。

医学部にはどうやら『ベストティーチャー賞』という賞があって学生さんたちの投票で決められるそうですが、知識不足があったら申し訳ないのですが、こういう賞はえてして人気投票みたいなもんじゃないかな、と一線で働く外科医の私は思うのです。

(と言いつつ、医局の先輩に2年連続ベストティーチャーになった先生がいましたが、確かに面倒見がいい『歩く仏心』のような先輩でした)

 

 

最近感じること。

たとえば、手術室でも患者さんも、麻酔導入も、手術も見ずに教科書をずっと読んでいるとか。

手術中偉そうに腕を組んで見てるとか。

逆の立場になればお分かりでしょうが、自分の親御さんが狭心症になって冠動脈バイパス手術を受けるとします。

そういうとき、手術室にそういう学生がいるとしたら私はかなり不愉快だと思うんですよ。

自分の家で腕組みながらテレビだのを見てるのとは全く別なんですよ,患者さんに勉強させてもらうのは.

(他の看護学校の学生さんやコメディカルの学生さんはこういう態度をとることはまずありません.医学部の学生さん特有の悪習ですよ)

 

一方で私は『ウチの医局に入局させるために、学生さんにべたべたモノを教える、媚びる』という教官にはなりたくないんですよ。

そういうのは『下心見え見え』じゃないですか。

 

 

そういうことを考えますと、どういう構造改革がこれからさき起こるかわかりませんが、本質的には『医学教育』は、現場で多忙に働く医師の『良心』『使命感』にたぶんに依存するんじゃないかと思うのです。

 

おそらく、この現場で多忙に働く医師の8割がたはその『良心的な教官』に相当するとは思うのですが。

もちろん,8割方の学生さんも,熱心にやってると思います.