温泉街にて(まえかわ)

今日はある温泉街にたたずむ病院で出張当直中であります。

 

月1回程度この病院で当直、翌午前中の外科外来の手伝いをするのですが、この病院自体も敷地内から温泉がわき、イメージのように24時間かけ流しの温泉があるわけです。

 

ずーっと湧いているので、入るときにかきまぜてから入らないと、表面近くがかなりの高温になっているためやけどの恐れがあります。

かき混ぜてもまだ熱いので『エイヤッ』と覚悟を決めてつかるのですが、熱いお湯に入るには少々コツがいります。

まあ、『温泉好き』の私にはこのアメニティは有り難い限りなのですが。

 

 

温泉街にたたずんでいるため患者さんはやはり旅行者が多く、年末年始などは忘年会で職場単位で来て急性アルコール中毒になったりとか、食あたりになったりした方がたくさん来ます。

 

あるいは、仲居さんが皿を割って手を切ったとか熱湯で火傷したとか、腹痛になったキャバ的な若い女性をポン引き的なお兄さんが連れてきたりとか。

日本人を見るとシャチョサーン!!(社長さん?)』と呼んできそうな東南アジア系の方とか。

こういうお店で働いている方も多く来ます。

 

まあ、ヘンな話『人生模様』が垣間見れるわけです。

 

 

残念なことに、泥酔してお湯に浮いていたといって救急車で搬送されてくる患者さんもいます。

 

自宅から遠く離れたことからの開放感なのか、泥酔したまま入浴して、他の宿泊者が通報して救急車で運ばれてくるんですよ。

既に心肺停止、救急隊の方が心臓マッサージ(最近は『胸骨圧迫』と呼称するのが流行りらしいです)しながら搬送してくるのですが、ゴポッゴポッとそのたび肺からだか胃袋からだか分かりゃあしませんが、水が口から溢れているんです・・・。

救急隊の方に心臓マッサージしてもらいながら、自分が気管挿菅するわけです。

 

相当水を飲んで、肺も既に水浸し、胃袋も水浸しでちゃんと食道に誤って挿管していないか、確かめようがない・・・。

 

なんとか薬剤を注入するラインを確保して蘇生薬を注射するのですが、心臓は動いてるんだか、動いていないんだかという状態です。

学生の時薬理学の実習でやるのですが、取り出したラットの心筋の線維にアドレナリンの注射液をピシャッとかけるとそのときだけ勢いよく動くんですが、いずれ止まる、それの繰り返しみたいな感じになっているんです。

 

こういうときに限って遠方から来ている患者さんで、

 

家族に電話で『もう助かりません・・・』

と言っても、家族も突然のことだからナットクしません。

それはそうでしょう、つい数日前まで元気な方だったというのですから。

 

ご家族 『なんとしてでも助けてください』

 

おそらく、最終的に目撃されてから一時間以上経過してから溺れていることが発見されているので、相当の時間水に沈んでいたのでしょうが・・・。 既に、血液は酸性に著しく傾いていて(アシドーシスという)、心臓が止まってから結構な時間が経過していたことが予想されます。

 

蘇生薬を使って見かけ上の心電図心拍は見られるようになったものの、患者さんのご家族がつく頃には残念ながら、フラット(平坦な心電図)になってしまいました。

こういうときのお看取りというのは、医療者側も本当にツラいですよ、精神的にも肉体的にも。

しかも、このあとお決まりのおまわりさんの事情聴取が来るわけです。(さらに、後日保険会社からも散々書類を書かされます。追っ手のように大学医局に電話やら、書類やら来る)

 

あんまりな精神的ダメージを食ったお看取りのときには、家に入る前にで体を清めます。私は信心深いほうではないのですが。

ちなみに、長野時代に官舎の階下に住んでいらっしゃった新生児科の先生は、必ず玄関に盛塩がおいてありました。この方は信心深い方だったのでしょう。新生児科が重症な患者さんを扱っていて、死亡率が高いと言うことも起因していたのかもしれません。

 

 

当たり前のことなのですが、病院と言う施設も、土地柄といいますか、立地している場所に病気の種類も影響を受けます。

長野時代に聞いた話なのですが、一つ山を越えた静岡県立こども病院では、海に面しているためシーズンになると、集中治療室のベッドが溺水のこどもさんで埋まってしまうそうです。

 

 

めずらしく、救急医療的な話題でした

今夜は何も来ないことを祈るばかりです。