年越し(まえかわ)

昨日の最後にリンクしたスカパラの曲は『水琴窟』というものですが、どういう意味を持つ言葉かわからなかったのでwiki先生で調べたイメージです。

水滴の音を反響させる日本庭園の装飾技法なのですね。勉強になりました。

年の瀬にふさわしいかな、と思うので載せてみます。

 

『これから正義の話をしよう(早川書房)』を読み始めたのですが、アメリカのハリケーンが過ぎ去ったあとの『便乗値上げ』から話が始まっています。

言ってみれば火事場に乗じて設けてやろうというので、ペットボトルの水が5倍の値段で売られたり、風雨をしのぐためのホテルの宿泊費が5倍になったりという事態を受け、司法長官が便乗値上げ禁止法を発令したことから議論が始まっています。

 

(私は残念ながら経済学者でも、哲学者でもないので的確なコメントが言えませんが。)

 

この便乗値上げが正常な市場経済の下で行われていないことを考えれば、弱者から収奪しているとみるのが、一般的な日本人の考え方でしょう。しかしながら、便乗かどうかはさておき、価格を高く設定することで生産者を刺激し、モノの供給が最終的によくなる、という立場の市場学者もアメリカにはいたそうです。

 

 

以前何度か触れた辻邦夫の『背教者ユリアヌス』でも、哲学者皇帝ユリアヌスが滞在しているアンティオキアで小麦の大不作が起こった際、悪徳市会議員が意図的にエジプトからの小麦輸入量をコントロールし、暴利を貪るというくだりがあります。市場というものがある以上、正当な政治的介入がなければこういうことをする輩がいるのは古代も同様なのですね。

ユリアヌスは激怒して、全市会議員を投獄するんです。

、『自分が死んでも絶対にアンティオキアには埋葬してくれるな』といってオリエントに出征していくのです。

これほどまでに悪徳に対する憤激、怒りを強烈に描写した本には今まで出会えませんでした。

 

 

二転三転しますが、東日本大震災でもやはり物流が途絶えたのは記憶に新しいかと思います。

こんなときでも、たとえばガソリンを値上げして暴利を得ようという輩が出現したり、暴動や収奪がおきたりしない日本人は、美徳という面では稀有な民族なのだと思います。

短期間でも職場から離れ関わりを持つ人が限られると、やや内省的な文章になってしまいます。

 

今も家内と、防災グッズ揃えなおそうかと相談していたところでしたが、来年は大きな災害がないことを願っております。

 

 

皆様もよいお年を。