芸術のはなし,つづき(まえかわ)

芸術のはなしその②

 

『モナリザ』を書いたのはレオナルド・ダ・ヴィンチですが,この方だったか,ミケランジェロだったか忘れましたが,こういう逸話があるそうです.

 

あるお金持ちが,芸術家に作品を頼んだそうです.

で,2週間くらいで完成して代金を請求されたんです.

 

このお金持ち,『2週間くらいでできるのに高すぎる』といったそうなんですね.

 

でも,芸術家はこう言ったそうです.

『しかし,私はこの技術を身につけるのに20年かかった』と.

 

 

同じようなことを,だーいぶスケールは小さく卑近ですが,私も感じます.

医学,私が直接かかわっているのは,50年前後という比較的歴史の浅い心臓血管外科学ですが,これだけ技術が進歩してくると,患者さんの側にも

『助かってアタリマエ』みたいな雰囲気が漂っているんですね.

 

私が長野で技術を教わった原田順和先生も,長い経歴でこれを感じ取っておられたようで,

そういう態度をとる患児の親御さんに,

『やれやれ,車修理に出してんじゃないんだからなあ』

と嘆いておられました.

 

余談ですが,それに伴ってやはり長野でお世話になった坂本貴彦先生は,

『いいか前川,ムンテラの時は,ちゃんと『死ぬ』かもしれないって,言うんだゾ!

(命を落とす)とか,そういう間接的な表現じゃなくて,『死ぬ』って必ず言うんだゾ!』

と教えてくださいました.『命を落とす』だと,ぴんとこない親御さんがいるからなんだそうです.

 

 

話は変わりますけど,たとえばですよ,大工さんが汗水たらして家を建てているとします.

そこにふらっときた依頼主が

 

『家がうまく立たなかったらどうしてくれるんだ』とか,

『家が火事にあったらどうしてくれるんだ』とか,

『いい家が建って当然だ』・・・

 

みたいな態度をとったら,長く厳しい修業で身に付けた技術がある大工さんほど,腹を立てると思うのです.

自分が子供のころにも家を建て増しましたが,やはり大工さんには敬意を払っていたと思うのです.

 

もちろん,技術におぼれて傲慢になるなんてもってのほかですが.

 

厳しい修練を経て身に付けた技術に対する「しかるべき態度」ってそういうもんだと思うのです.

と,私は『スティール・ボール・ラン(荒木飛呂彦)』を読んで改めてそう思いました.

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コメント: 1
  • #1

    S.N (月曜日, 12 12月 2011 21:38)

    お疲れ様です、久々に中田です。
    僕も最近の授業で、産婦人科医を皆避ける理由が、安全な妊娠を当たり前と思う親が増えたため、と聞きました。医療(特に手術)が絶対に安全とは思ってはいけないのですね…。
    それはそうと中村先生プロデュースのお寿司、僕も食べてみたかったです。